【大ファーマー物語】Vol.01

三年前、私は他県でサラリーマンをしてました。仕事は多忙を極め、不規則な生活・ストレスが原因で体重が増えてしまいました。その年の健康診断の結果、即入院!! 肝臓の数値がフツーの人の20倍くらいあったとか。
医者の警告で退院後は全食自炊に。体重は自然と減っていきました。すると今度は料理が楽しくなり、食材にも興味がわいてきました。「この米や野菜は誰がどうやって作ってんだろう?」ネットや本で生産者の情報を集めたりしていました。
そんな毎日が1年程続き、ついに思いは「自分で食料をつくりたい、つくろう!」となりました。自分が食べるのだから安心安全なものがいい。もちろんほかの人だって同じだ。ということで、その日私は有機農業を自分の仕事にすることを決意したのです。
私の実家は喜多方市山都町、農業がやりやすい環境ではありました。「住むところと食べ物があれば何とかなる。」そう思った私は膳は急げで次の日に上司に相談し、会社に辞表をだしました。
数ヶ月間失業保険を堪能し、実家に帰るも当然収入は0円になりました。農業がしたいとはいってみたものの家の畑は猫のひたいほど。毎日農地探しにあけくれました。
そんなある日、山の中腹で運命の場所に出会ったのです。2mもあるカヤ、好き勝手生え出した木々、一面べったりの笹。そこはジャングルでした(写真左端)。でも、なぜか色々探した候補地の中でこの場所だけが完成のイメージが描けたのです。
所有者を探し、お願いすると快く貸してくださいました。話を聞くと以前は畑で20年近く放置されているとのこと。
この日から私の開墾が始まりました。ちょうどその頃バイトも決まり、出勤前と後、毎日ジャングルへと足を運びました。まずは背丈ほどもある草を刈り倒すだけで二ヶ月。刈った草はかき集めて積み上げ堆肥に。続いては自生した木々数十本を切り倒す作業。すべて切り倒し、切り分け、片付けるのに二ヶ月。その切り株を掘り起こす作業が大変でした。スコップとつるはしで始めましたが腰がぶっ壊れそうになり、二週間でギブアップ。頼み込んで村の薪屋の社長に小型のショベルカーを出動してもらい何とかすべての切り株が掘り上がりました。
気づくと開墾に夢中で大事なことを忘れていました。時はすでに春。他の農家ではもう夏野菜の苗がぐんぐん成長していました。そんな時私は栽培の準備をまだ何にもしていなかったのです。助けてくれたのは以前研修に行った有機農家の先輩方でした。何でも教えてくれました。本当に感謝しています。
そんなこんなの私、通称大ちゃんです。応援よろしくお願いします。不要な農機具があったらください。それから当農園の名前募集しております。採用者には野菜いっぱいあげますよ。お問い合わせはメリラン編集部まで。つづく

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